連載『ホンダ偏愛主義』。自他共に認めるホンダマニア・元Motor Magazine誌編集部員でフリーランスライターの河原良雄氏が、ホンダを愛するようになった理由を、自身の経験を元に紐解きます。第9回は、「インパクト大だったNSX」。(デジタル編集:A Little Honda編集部)

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日本初のスーパースポーツを目の前にした時の感激は鮮明に憶えている。低く構えた伸びやかなフォルム、半球形のキャビン、長めのテールにはエンジンを、さらにはトランクまで備えていた。ボディは世界初のオールアルミ。「ぶつけたら大変なことになるな」と思った。ミッドに横置きされるエンジンは3Lの90°V型6気筒DOHCで当時上限の最高出力280psを発生。当然、ホンダ流可変バルブタイミングリフト機構のVTEC付きである。

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編集部の役得でハンドルを握る。まずは5速MT。ドライビングポジションはともかく低い。ドアを開ければ地面に触れることができる感じだ。ただスタートはイタリアンスーパーカーのような気難しさはなく、まるでシビックを操るかのように普通だった。ちょっと拍子抜けするほどである。ところがアクセルペダルを踏み込んでビックリ。

8000回転まで一気に吹け上る。背中で感じるエンジンサウンドも含め、思わず「最高!」と叫んでしまった。調子に乗ってワインディングロードに持ち込めば、これまたハンドリングが「最高!」だった。ついにホンダがフェラーリの領域に入った気がした。4速AT仕様も用意されていて誰でも乗れるスーパースポーツに仕立てていたのにも感動した。

NSXに再び感激したのが7年後、3.2Lに進化した時だった。大磯プリンスホテルを起点で箱根を走るという試乗会に参加した。タイプSで箱根往復。6速化されたトランスミッションで美味しいパワーバンドを自在に引き出す…それがあまりにも気持ち良くて降りるのが惜しくなってしまった。そこで当時のホンダ広報に「もうひと枠乗らせて!」と無理を言ったのを憶えている。寛大な広報氏のおかげで、もう一度NSXで箱根を楽しんだのである。さらにタイプRも登場していたが、このハイスペックマシンは、私の腕では堪能できるレベルを超えていた、残念ながら。

NA1型と呼ぶNSXはフェラーリ328をライバルと想定する。ところがフェラーリは89年に348tbへと進化。「t」はエンジン縦置きだ。ゆえに「NSXも縦置きにすべし」とか言う評論家も多かった。NSXはスーパースポーツを実用に供することを可能にしたという点で大いに評価されてしかるべきだろう。何しろ後部にトランクがあったのだから。

「欲しい!」と思ったもののデビュー当時の価格は5速MTで800万円、4速ATで860万円。いくらバブル期とはいえサラリーマンにはおいそれとは買えなかった。ゆえに手元にNSXがいたことは残念ながらない。代わりに手に入れたのがホンダ ビート、インナーミラーがNSXと共通部品、シフトストロークもNSXと同等…「なりは小さいが気分はNSX」と自分に言い聞かせて今も乗っている次第である。

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