ホンダにまつわる豆知識を紹介する当連載第13回目。今回はホンダが生み出した、小さいけれど偉大なバイク・・・スーパーカブのとあるパーツにまつわるお話を紹介します。

開発陣を悩ませた、点火プラグの大きさ・・・

ホンダのスーパーカブは、累計1億台!!を誇る2輪界の大ヒット作です。そのはじまりとなったのは1959年発売のスーパーカブC100ですが、そもそも1950年代は50cc以下の排気量のバイクといえば、もっぱら2ストロークエンジンを搭載する例がほとんどでした。

1950年代当時の2ストロークエンジンのように、燃料のガソリンに潤滑用オイルを混合させる必要がなく、燃費が良くて、そして排気音も静かだった4ストロークエンジンを、新しい50ccモデル・・・スーパーカブC100に採用したことが、数多いスーパーカブ大ヒットの要因のひとつでした。しかし、その採用例が少ない・・・ということが示すように、性能のいい4ストロークエンジンを作ることは当時の技術では非常に難しかったのです。

画像: セル付きのスーパーカブ50・・・ということで開発された、C102のパーツリストより。「13」が吸気バルブ、「12」が排気バルブです。ちなみに初代スーパーカブのC100系エンジンは、ギア式オイルポンプを持たない構造が特徴でした(コンロッド大端部にオイルかき上げの"ツメ"があり、これがポンプ代わりの役割を果たしていました)。

セル付きのスーパーカブ50・・・ということで開発された、C102のパーツリストより。「13」が吸気バルブ、「12」が排気バルブです。ちなみに初代スーパーカブのC100系エンジンは、ギア式オイルポンプを持たない構造が特徴でした(コンロッド大端部にオイルかき上げの"ツメ"があり、これがポンプ代わりの役割を果たしていました)。

燃焼室に機械的なバルブを持たず、さらに混合燃料を使用するならオイルポンプが不要な2ストロークエンジンは、一般的な4ストロークエンジンよりも構造が複雑でなく、フリクションロスが少ないのが特徴です。また、ピストンが2回上死点付近に来たとき1回しか爆発しない4ストロークエンジンに対し、2ストロークエンジンはピストンが上死点付近に来る毎に爆発するという、大きなアドバンテージがあったのです。

部品点数が少なく済み、出力を稼ぎやすい2ストロークエンジンに対抗可能な高性能4ストロークエンジンを作ることは、スーパーカブC100の開発の大きな課題でした。4ストロークエンジンの高出力化で大事な点はいくつかありますが、最も重要なのは燃焼室のデザインです。

チューニングの世界使われる「ビッグバルブ化」という言葉をお聞きになったことはあるでしょうか? 大雑把にいうとパワーを出すには、吸気・排気バルブの傘径をでっかくすることが効果的です。しかし、当時一般的な点火プラグのサイズは14mm・・・日本で最もポピュラーな点火プラグメーカーであるNGK=日本特殊陶業の呼び径でBサイズであり、そのことがスーパーカブC100のエンジン開発を難しいものにしていました。

ただでさえ、50ccエンジンの燃焼室の面積は小さいのですが、そこにデンと14mmのプラグが居座ると、吸気・排気バルブの傘径がそれぞれ小さくなってしまいます・・・。これでは開発目標の出力を達成することは難しい・・・と判断した開発陣は、NGKの協力により新たなサイズの点火プラグを開発してしまったのです!

必要は発明の母・・・ですね

新たに生み出された「Cサイズ」は10mmと、Bサイズより4mmも細身になっていました。この結果、吸気・排気バルブのそれぞれの傘径をより大きくすることが可能となり、大幅な出力向上を果たすことができました!

画像: 同じくスーパーカブC102のパーツリストより。丸で囲んでいるのが当時新たに作られた、「Cサイズ」の点火プラグです。

同じくスーパーカブC102のパーツリストより。丸で囲んでいるのが当時新たに作られた、「Cサイズ」の点火プラグです。

4.5馬力という最高出力は、当時の4ストローク50ccエンジンとしては驚異的な数値でした。今では実用車の代名詞的な存在とも言えるスーパーカブですが、初代C100の高性能ぶりはスポーツ志向のユーザーにも注目され、50ccクラスのロードレースやモトクロスでもスーパーカブは活躍したのです(俗称「Y部品」という、純正キットパーツも各種販売されていました)。

余談ですが、1950年代の浅間でのロードレース、そしてグランプリをはじめ海外でのロードレースに日本の2輪メーカーが挑戦を開始してから、NGKはサービス部をホンダを始めとする日本チームに帯同させています。そして戦いの現場で技術を蓄積しながら点火プラグ開発に努め、その結果世界的な点火プラグメーカーとして認められるようになっていったのです・・・。

実用車用17インチタイヤ&リムも、スーパーカブがはじまりでした

また「Cサイズ」の点火プラグのほか、スーパーカブC100には既存の工業規格から外れる、独自専用設計部品がいくつか採用されていました。1960年代以降の実用車では標準となった17インチのタイヤとリムも、じつはスーパーカブC100が採用したことが後の普及のきっかけになったのです。

画像: 初期のスーパーカブC100。17インチのタイヤとリムは、扱いやすさと操縦安定性、そして理想的なポジションを実現するために採用しましたが、それまではこのサイズは全く生産されていなかったのです。

初期のスーパーカブC100。17インチのタイヤとリムは、扱いやすさと操縦安定性、そして理想的なポジションを実現するために採用しましたが、それまではこのサイズは全く生産されていなかったのです。

新設計の点火プラグやタイヤやリムや、ポリエチレン製の外装部品の量産化など、従来存在しなかったパーツを使ったスーパーカブC100の初期の生産コストは、とても割高なものとなっていました。しかし、スーパーカブC100が大ヒットして量産効果が発揮されれば、自ずと生産コストは下げられる・・・という強いホンダの自信がこの仕様を具現化したのです。

今では「Cサイズ」のプラグや、実用車用17インチタイヤなどは、珍しいものではなくなりましたが、これらのパーツを当たり前のモノとしたのは、スーパーカブC100の目立たないけど立派な功績のひとつ・・・と言えるのでしょう。

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