ホンダを自動車メーカーとして世界に広く知らしめたのがCVCCエンジンだった。本田宗一郎さんが1971年に「これでマスキー法をクリアします」とアナウンスしたエンジンである。

CVCCの製品化は2年後の73年だった。

初代シビックに搭載したのである。CIVICと言う車名にCVCCという似たサブネームが付くことで相乗効果を生み出していた。コンベンショナルな1.5Lの直4SOHCが65psなのに対してCVCC版は63ps。

画像: CVCCの製品化は2年後の73年だった。

「大差ないじゃん」と思われるかもしれないが、前者はCVCCを想定して低速トルクを重視しあえてパワーをセーブしていた。何しろ1.2Lでも60&69psだったのだから。パワーだけでなくコンベンショナルなエンジンと比較してネックとなったのが、吹け上りの鈍さと回転の落ちの遅さだった。とは言え、いち早く排出ガス規制をクリアしたとあって「こんなもんだろう」というのが一般的だった。

排出ガス規制の始まりの頃はCVCCだけでなく他メーカーのエンジンも、パワーダウンをはじめ「これまでどおりには行かない」と言う風潮が蔓延していたのである。

ホンダはこうしたことに気付いていた。2代目シビックとなった80年にはCVCCを“Ⅱ”に進化させる。よりコンベンショナルなエンジンに近付き、スムーズな吹け上りと回転の落ちを手にするようになったのである。そんなCVCCは81年のシティに搭載された1.2L版コンバックスエンジンで完成の域に達する。高圧縮比とすることで、もはやCVCCを感じさせないようになったのである。

その後はSOHCの3バルブ化、さらにDOHCによって燃焼効率を高めることで排出ガス規制をクリアして行くこととなる。

70年代、排ガス規制という自動車メーカーにとっての荒波をいち早く乗り越えたホンダの革新技術CVCC。その志は今でもホンダのエンジンに受け継がれている。

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