本田宗一郎さんはオートバイがそうだったように、クルマでも空冷エンジンにこだわっていた。

連載『ホンダ偏愛主義』。自他共に認めるホンダマニア・元Motor Magazine誌編集部員でフリーランスライターの河原良雄氏が、ホンダを愛するようになった理由を、自身の経験を元に紐解きます。第36回は画期的だった空冷エンジン「DDAC」です!(デジタル編集:A Little Honda編集部)

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ホンダならではの空冷システムはDDAC!

軽自動車N360の成功後、いよいよ本格的に小型車市場に打って出るべく1969年にリリースしたのがホンダ1300だった。

画像: ホンダならではの空冷システムはDDAC!

FF方式を採用し、そのボンネットに横置きで収めていたのが空冷の直4SOHCエンジンだった。ホンダならではの空冷システムはDDAC(デュオ・ダイナ・エア・クーリング)と呼ばれていた。

DDACは当時のF1、RA302搭載の3L版V8譲りの強制空冷システムだった。エンジンをドライサンプ化し、シリンダーとヘッドをアルミ鋳物で包んだ二重構造とし、その内側をサクションファンを用いて強制的に空冷すると言う“超”凝ったシステムだった。

アルミのオイルタンクは冷却フィンを備えていてカッコ良かった。要はオイルを用いた空冷エンジンだったのだが、何よりF1と同じシステムを市販車に導入するなんて“ありえない”話である。正にスーパーエンジンだったのである。

ホンダ1300セダンは当然ながら超高性能だった。

1298ccエンジンはシングルキャブレター仕様で100ps/7200rpm、4キャブレター仕様で115ps/7500rpmを発揮していた。115ps版は最高速185km/hと世界的に見てもトップレベルの性能を実現していたのである。

当時は100psと言えば2L級だっただけにそのインパクトは大きかった。さらに回してもフツーは6000rpm程度だったから7500rpmは正まさに驚異的だった。ホンダならではの高回転&高出力を強烈にアピールしていたのである。

そんなホンダ1300はあまりにもピーキーだったため半年後には早々とトーンダウンを余儀なくされる。シングルキャブを95ps、4キャブを100psと5psずつ落として中低速トルクを重視するようになったのだった。

さらに魅力を増したのが70年に登場のクーペだった。アメリカ車のように尖ったノーズとデュアル式ヘッドライトの採用で若者に受けたのである。

画像: ホンダ1300セダンは当然ながら超高性能だった。

その際も高出力が物を言った。ただしハンドリングはイマイチだった。フロントが凝ったメカニズムのため重く、結果、強烈なアンダーステアを誘発していたのである。

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