戦後、世界ロードレースGP(現MotoGP)が成立した1949年から10年を経て、1959年からホンダは日本のメーカーとしては初めてGPへ挑戦しました。この連載は、今日に至るまでホンダのマシンに乗って世界タイトル(個人)を獲得した英雄たちを紹介するものです。今回は激戦の125ccクラスでタイトルを獲得した、D.ラウディスです!

ホンダの単気筒RS125Rで活躍!

1964年生まれのドイツ人であるラウディスは、1986年からロードレースのキャリアをスタートしています。彼が最初に参戦したのは、当時ドイツで人気だったヤマハカップのジュニアシリーズで、参戦初年度のニュルブルクリンクで記念すべき初勝利を記録しました。

翌1987年の同シリーズで年間3位になったラウディスは、1988年から戦線を拡大。欧州選手権では年間13位、ドイツ国内選手権では年間7位の成績をおさめました。

1989年からはいよいよ世界ロードレースGPへ参戦開始。なお1988年からこの分野は2気筒が禁止され単気筒のみというルールになり、ホンダの市販レーサーであるRS125Rの人気が急速に高まっていました。そしてラウディスも、多くのホンダユーザーのひとりとして、同年7戦を走り年間15位というリザルトを残しています。

1992年、125ccクラスを走るD.ラウディス。

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ホンダRS125Rひと筋のGP人生

画像: 1993年GP125ccクラスタイトルを奪取したD.ラウディスのホンダRS125Rは、ドイツのネッカースウルム2輪車博物館に展示されました。 de.wikipedia.org

1993年GP125ccクラスタイトルを奪取したD.ラウディスのホンダRS125Rは、ドイツのネッカースウルム2輪車博物館に展示されました。

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1990年も、ラウディスは引き続きホンダRS125Rで125ccクラスに参戦し、2度表彰台に登壇する活躍で年間5位を獲得。翌1991年は年間8位に後退しますが、1992年はブラジルGPでついに初優勝を記録して年間6位になっています。

そして1993年は、9勝、表彰台11度獲得、ポールポジション6回、ファステストラップ3回という活躍で、見事念願のGPタイトルを奪取しました! 翌1994年は3勝をあげるもタイトル防衛に失敗(年間4位)。そして1995年は1勝しましたが、年間5位に終わりました。

1996〜1997年もRS125Rでラウディスは参戦を継続しましたが、両年とも未勝利で年間ランキングはふた桁にとどまりました。そして1997年を限りにラウディスはGPライダーを引退。その後はユーロスポーツの解説者などで活躍しました。彼がGPを走った1989〜1997年の間に記録した合計14勝は、すべてホンダRS125Rで記録したものになります。

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