バラードスポーツCR-Xとホンダをこよなく愛するカメラマン伊藤嘉啓氏の愛車CR-Xのオドメーターはなんと70万kmを越えている。これまで一体どこへ向かったのか、なぜそこまでCR-Xを愛するのか、そして今後の走行距離は何万kmに到達するのか…この連載を通してCR-Xの魅力とともに徐々に紐解いていく。(文:伊藤嘉啓/デジタル編集:A Little Honda編集部)

“CR-X”の意味、知ってる?

ボクが乗ってるCR-X、日本国内での車名はバラードスポーツCR-Xだけど、海外ではシビックCR-Xって呼ばれてたのは知ってるかな?

ちなみに、CR-XはCar Renaissance に未知数のXを組み合わせた造語で『新世紀のクルマ』という意味合いが込められてるんだ。だけど、これは公式に向けの話で、開発陣にとってはCIVIC Renaissance……つまり、先代までとは違う新しい価値観のシビックシリーズ、という思いで開発していたらしい。そんな話をかなり以前に、3代目シビックシリーズのLPLを担当された伊藤博之氏から伺ったことがある。

第1話でも書いてるけど、当初CR-Xは低燃費を追及したシティコミューター的なクルマだった。発売当初は『デュエットクルーザー』ってキャッチフレーズで、走りに特化したイメージはあんまり感じられない。

それが、1984年10月に1600ccのDOHCエンジンを積んだSiが追加されて、スポーツイメージが一気に出てきたようだ。しかも、その年7月のダラスグランプリでケケ・ロズベルグがF1復帰後の初勝利を飾って、販売戦略の上では絶好のタイミングだったはず。これ以降、CR-XはFFライトウェイトスポーツというイメージが定着していったんだと思う。

さらに、次期モデルのサイバーでは、マイナーチェンジでVTEC機構のB16A型エンジンを積んで、スポーツイメージを不動のものにしていく。それが、3代目のデルソルでは、なんでか違う方向にシフトしてしまった。

それは、2代目のサイバーがあまりにも速すぎて……。そこでホンダは、次期CR-Xは“ユルい”スポーツカーへと舵を切っていくんだ。ユルいスポーツカー、あまり速すぎないクルマっていう発想から、オープンボディになったらしいんだけど。

しかも、一般的な幌にはしたくないってことで、開発はとても大変だったようだ。苦労の末、フォークリフトのようにトランクフードを電動で持ち上げて、その下にルーフパネルを収納するという誰も考え付かないようなギミックを編み出して、トランストップって名前がつけられた。当初からメインマーケットと目論んだアメリカでは、複雑な機構によるリスクを回避するためなのか、この電動トランストップは採用されてない。

“ユルい”スポーツカーといっても、ベースは5代目のスポーツシビックなワケだから、もともとのポテンシャルは高いし、トップグレードのSiRは先代同様B16A型エンジンを積んでるから遅いワケはない。当時、広報車を何度も乗った記憶があるけど、遅いと感じたことはなかった。

そんな苦労の末に生まれたデルソル。アメリカでは、新たなコンセプトのクルマとしてかなり人気があったみたいだけど、日本国内では前モデルと違って販売は伸び悩んだ。だけど、そんなクルマだからこそ熱烈なファンがいるようで、年に一度、ツインリンクもてぎで「デルソルミーティング」というのが開催されている。2019年も、つい先日開催されたばかりで、ゲストにはデルソルのLPLをされた繁浩太郎さんが招かれ、当時の開発秘話なんかで盛り上がった。

コレクションホールを見下ろす駐車場には、北は青森ナンバー、南は滋賀ナンバーのデルソルが30台ほど集結。それぞれ好みのカスタムがされてる車両が多いのも、デルソルらしいところ。中には、当時の無限デモカーのようなのや、純正オプションのアルミホイールを履いた広報車みたいな仕様もあったりと、マニア目線でみると面白い。

まったりとした頃合いを見計らって、このイベントの幹事をされてる『むーぶ』さんの愛車とツーショット。同じ車名だけど、コンセプトも見た目も全然違うのがホンダらしいところだ。でも、開発陣がCR-Xの由来に込めた『新しい価値観のシビックシリーズ』って考えると、正当な3代目だったんじゃないかな。

前回の記事はこちらから

ホンダ旧車勢揃い『昭和のくるま大集合』に参加してみた【地球に帰るまで、もう少し。vol.13】

連載第1話から振り返ろう!

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