バラードスポーツCR-Xとホンダをこよなく愛するカメラマン伊藤嘉啓氏の愛車CR-Xのオドメーターはなんと70万kmを越えている。これまで一体どこへ向かったのか、なぜそこまでCR-Xを愛するのか、そして今後の走行距離は何万kmに到達するのか…この連載を通してCR-Xの魅力とともに徐々に紐解いていく。(文:伊藤嘉啓/デジタル編集:A Little Honda編集部)

『昭和のくるま大集合』はまだまだホンダ車がたっぷり参加していた

コレからの季節、日増しに気温がどんどん高くなってくる。ボクが乗ってるCR-Xは1985年式だけど、当時このクラスのクルマたちはエアコンが標準装備じゃなかったんだ。

その多くがメーカーオプションか販売店での後付けだったなんて、今では信じられないだろうね。今じゃ、軽トラックだってエアコンが付いていて当たり前みたいになってきてるけど、あの頃はクルマにエアコンなんてのは贅沢品で、一部の高額なクルマ以外はオプション扱いだったんだ。

なんせ3代目のプレリュードだって発売初期のモデルはトップグレードのSiでさえ『装着車を設定』ってカタログに記載されてたんだから。 春とか秋に旧車系イベントが多いよう気がするんだけど、そんな理由があるのかもしれないね。

前フリが長くなっちゃったけど、(2019年の)ゴールデンウイーク前後の旧車イベントでみかけたホンダのクルマ達を紹介していこう。第13話では、ホンダ1300のことばかり書いたけど『昭和のくるま大集合』には、ホンダ1300以外にも多数のホンダ車が展示されてたんだ。

画像1: 『昭和のくるま大集合』はまだまだホンダ車がたっぷり参加していた

ホンダ旧車の代表といえばSシリーズなのは間違いないだろう。会場に来てたのは白いオープンボディのS600と赤いクーペボディのS600。どちらも、コレクションホールに展示してあっても不思議じゃないくらい抜群のコンディションだ。

サイズ的には現行の軽自動車より、わずかに小さい程度なんだけど、その車高の低さも相まってとっても小さく感じてしまう。今どきの軽自動車が、燃費と車内の広さが最優先で残念なデザインが多いように感じるけど、Sシリーズは宗一郎サンがカッコ良くなくてはクルマじゃないって信念のもとに開発されていたから、とてもスタイリッシュなんだと思う。

ホンダが4輪でシェアを大きく伸ばしたのは、N360があってこそ。フロントフェンダーのウインカーは小さな丸いタイプなので、通称NⅠと呼ばれる初期のタイプのようだ。本来なら合わせホイールなのを、通常のアルミホイールを履いてたりと、ホンダマニアじゃないと気付かない通好みの仕様になってる。

画像2: 『昭和のくるま大集合』はまだまだホンダ車がたっぷり参加していた

ちょっと明るめなメタリックグリーンのNは360じゃなくて600。アメリカの保安基準に合わせてフロントのウインカーやバンパーが大きくなってて、サイドマーカーも装着されてる。日本国内でも販売されたけど、軽自動車じゃないからあまり売れなかったようだけどね。

画像3: 『昭和のくるま大集合』はまだまだホンダ車がたっぷり参加していた

今、50才代前後の人たち(ボクもだけど)にとっては、幼少の頃にみたウルトラマンタロウのラビットパンダを憶えてる人も少なくないんじゃないかな。そのベースになったのが、このバモスホンダ。

画像4: 『昭和のくるま大集合』はまだまだホンダ車がたっぷり参加していた

ホンダバモスじゃないからね、ここ重要ポイント。数あるホンダ車の中で、社名の前に車名がくるのはコレくらいなモンか。軽トラックのTN360をベースにこんなユニークなクルマを造るなんて、当時のホンダは斬新だったんだ。

またしても、緑色のホンダが続く。このイベント前日にオールペイントから仕上がったばかりのピッカピカな初代シビックの持ち主は、まだ20代の若者だった。CVCCのRSLというグレードだ。展示するにあたって、念入りに洗車。いつまでも、そのコンディションを維持してってもらいたいね。

画像5: 『昭和のくるま大集合』はまだまだホンダ車がたっぷり参加していた

ここまでは、1970年代生まれのホンダ車達だが、次回は1980年代生まれのホンダ車達を紹介していこう。

前回の記事はこちらから

CR-Xという名前の意味と、その開発裏話とは?

連載第1回から振り返ろう!

This article is a sponsored article by
''.